古くなった電化製品のどこか一部が壊れ、修理したとたん今度は別の箇所が壊れることにとてもよく似ている。 モノの場合はもうこれでダメと思ったら捨てればいいかもしれないが、人間の身体はそういかない。
若返りのためにさまざまな手術や薬品を片端から試し、最後にたどりついた答えは何なの。 これだけ、若さと美しさをもてはやす世の中にあって、それを追求したのに、なぜ幸せとは思えなかったのか。
これからすべて、お話ししようと思う。 童話に登場するお姫さまはいつもかわいらしくきれいで、最後は必ず王子さまと幸せになった。
みにくいアヒルの子も、最後には美しい白鳥になって幸せになった。 少女マンガのヒロインは必ずかわいい女の子で、そうでない子は脇役だった。
「はないちもんめ」でいちばんはじめに「あの子がほしい」と選ばれるのは、決まってかわいい女の子だった。 「女の子の幸せの半分は、容姿にかかっている」誰かに教えられた記憶もないのだが、物心つくかっかないかのこるから、私は本気でそう思う。
だから私は、女の子の運命は容姿で決まるのだと信じて疑わなかった。 美人でなければ幸せにはなれないのだと。
「外見よりも中身が大事」という、大人のタテマエにはだまされるものかと思っていた。 この考え方は、大人になってからもずっと変わらなかった。
自分にとっていちばん大事なものは「見た目」であり、それがあらゆる幸せをもたらしてくれているのだと思ってきた。 だから、鏡がいちばんのお友達で、メイクや流行のファッションで自分を飾り立て、人からほめそやされることに何よりの快感を覚えた。
そんな日々は、絶対に長く続くはずはないのだとわかってはいても、どこかで自分だけは平気なのではないか、などと根拠のない思い込みから逃れることはできなかった。 情報の多くが映像で入ってくる現代、売れるものは「わかりやすいもの」だ。

ひと目でよさがわからないものは売れ残るのである。 同様に、やはり見た目ではわからない「人の心」というものも、タテマエはともかく、実際のところは重視されていないように思われる。
そして、世のコマーシャリズムも、心よりも外見を磨けとあおる。 テレビのコマーシャルで「○○○を使えば、たちまちあなたも魅力的な美しい肌に!」というたぐいのものをよく見かけるけれど、「×××を使えばあなたの心はこんなに美しく」などというコマーシャルには、まずお目にかからない。
「顔より心」という言葉は、タテマエにしかすぎないのでは?私にはどうしても、そうとしか思えなかった。 一九六二年三月、私は東京でふたり姉妹の次女として生まれた。
幼少のころの私は、三月生まれだったせいもあるのか、何をやらせても同級生と比較してトロく、親いわく「かわいそう」になるくらいだったという。 また、どちらかというと行動的で活発な子を陰からながめているような性格の、おとなしめの子どもだった。
小学校にあがると、クラスにひとりかふたりはいる、きれいでかわいくて目立つ人気者的ではない。 存在の女の子を遠くから見つめながら、いつもこんな思いを抱いていた。

いいなあ、あんなにきれいでかわいくて、スタイルもよくて……。 小学生のころの私は、何の変哲もない、ごくごくふつうのありふれた女の子で、とりたててかわいいわけでも勉強ができたわけでもなかった。
でもひとつだけ、ほかの女の子と比べて目立った特徴があった。 あれは忘れもしない、三年生の夏休みが明けてはじめての授業のときのこと。
「さあ、夏休み中、いちばん日焼けして黒くなったのは誰かな?」そ、そんなこと聞かないで、先生、お願い。 私の心臓は破裂−しそうなくらいドキドキしていた。
なぜなら私はかなり色が黒く、よく同級生の男の子にからかわれていたからだ。 どうしよう。
きっときっと、私だって言われる。 そんな私の予感は、現実のものとなった。
ひとりの男の子がこう言ったのだ。 「そうだなあ、(クラス中をながめ回して)M君じゃないか?いや、待てよ、ちがう、ちがう!Sだよ、やっぱり」その瞬間クラス中の視線が私に集まり、ドッと笑いが起こった。
恥ずかしくて逃げ出したくなったのを、下を向いてこらえたのをよく覚えている。 家に帰り着いたとたん、我慢していた涙がいっきにあふれた。
母はビックリしたようにたずねた。 「……また色が黒いって言われた」「またそれなの?そんなのは言うほうがバカだって思えばいいのよ」やれやれといったような表情を母は浮かべた。
「また」と母が言ったように、当時の私は色黒のことをからかわれるたびに、家に帰っては母の前で泣いていたのだ。 そして、こんな心ないことを言うのはたいてい男の子だったから、男という存在が自分の周囲からいなくなればいいと思い込むようになっていた。
そして私は決意した。 「どうしたの?」そうだ、中学からは女子校に行こう!でも、男の子だけが自分を傷つける存在ではないことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
肌の「テカリ」を気にしだしたころ、あれほど悩んだ色の黒さも、いまではほとんど気にしなくなった。 何人かで写真を撮っても、いちばん黒いのはいつも私だが、それでも別にいいと思っている。

でも、どうしてそんなふうに考え方が変わったのだろうか。 それはもう単純に、流行とまわりからの影響につきると思う。
私が高校生のころ、ツイストの「燃えるいい女」をイメージソングにした、某化粧品メーカのキャンペーンガールのOさんの肌は、これでもかというくらい真っ黒だった。 当時の女性ファッション誌「J」を見れば、モデルの肌も小麦色で、それが健康的でよいとされていた。
夏の前にハワイなどに出かけて、仲間よりひと足早く小麦色の肌を手に入れるのがおしゃれとされていた。 美白用の化粧品が売れている最近では考えられないことだが、この時代はそれがかっこいいとされていたのだ。
だから、高校生ぐらいになると、自分の色黒が逆に売りになり、コンプレックスでも何でもなくなってしまった。 それに、色黒のほうが紫外線に対しても強く、将来シミにもなりにくいと知ってからは、やっぱり色黒のほうがいいと思うようにさえなっていた。
ちなみに、白人と黒人では持っているメラニンの種類が異なり、黒人の肌は白人の肌の五倍、肌のシワの原因となるUVA(紫外線A波。 生活紫外線ともいう)を通しにくいといわれている。
そのため、同じ年の白人と黒人を比較すると、ほとんどのケースで黒人のほうが若く見える。 これはもちろん同じ人種間でもある。
ただ、同じ肉体的コンプレックスでも、中学に入ってから抱きはじめた別のコンプレックスはこうはいかなかった。 望み通り、短大までエスカレート式の私立の女子校に進学した私は、これでもう容姿のコンプレックスで泣くこともなく、平穏無事な日々が送れると信じていた。

しかし、実際はちがって中学に入学してすぐのことだった。 学校の廊下を歩いていたとき、クラスメートが私の顔をすれちがいざまにまじまじと見つめてこう言った。
「マミちゃんの顔って、いつ見てもテカテカしてるよね」「えっそう?」私は引きつった。 すでにポッポッとできはじめていた顔のニキビを気にしていた私には、けっこうグサッとくるひとことだった。

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